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「その、なんともないなら…ってやつだけど」
「え?」
『はるの父親は俺だよ?―――』
『なんともないならないに越したことないじゃないですか!』
耳鳴りのように頭の奥まで響く晴樹の泣き声。
呆気に取られる恭賀。
(…うひょぉぉぉおっ! い、いくら頭にきたからって…)
『さっきのだけど…キミ、クビね』
(!!!?)
クビの二文字に雷に打たれた夏月は、わらにもすがる思いで恭賀を見つめた。
「こここっ、この度は生意気なこと言ってすみません。すみませんっ。どーか、クビだけはご勘弁をっっっ」
「えっ、クビ!? 首?? ナマ言ってないよ。夏月ちゃんは正しい。まぁ、そりゃ…父親失格的なこと言われてグサッとはきたけど。でも、俺…親にもあんな風に怒られたことなかったから…」
「え…」
腕が伸びてきて、その指先が夏月の目尻に触れた。
「こ…こんなときに…早く病院にっ」
「こんなとき、だから」
慰めるようなその動きに顔が熱くなり、上手く言葉を紡ぐことができない。
「だから、ごめん。ありがとう。うれしかったんだ…それをどうしても今、伝えておきたかった」
「パパさん…」
「ははっ、変だよね。怒られてうれしいなんて。本物の変態だ」
彼の感情表現は豊かだが、与えられるのは少し苦手らしい。
ふいとはいえ、露呈した心の端っこに触れてしまった気がして、ポロリと素直な感情が口からこぼれた。
人の親だからといって、一人前ではない。
口だけは一人前のようなことを効く彼女も恭賀も子供で半人前なのだ。
(…いや、パパさんは大人か)
「いえ。それだけパパさんが私の言葉を真剣に受け止めて下さった。ってことですから。私もうれしいです」
眩しげに目を細めて注がれる視線に、胸がきゅっと熱い。
「さぁ、急ごう」
「はい!」
晴樹をなぜ一人で育てているか、恭賀の両親はなぜ同居していないのか、まだまだ分かり合えないことも多いけど、恭賀の背中を見つめながら晴樹に抱いた羨望は気のせいではなかったと改めて実感した。
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