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夏月らを面を食らった顔で見下ろしていたのは、社会科担当の佐伯優麻(さえき ゆうま)だった。
しどろもどろしている二人の横を、素知らぬ顔ですり抜け…立ち止まった。
「それ、どこか悪いのか?」
ハスキーな声に、半信半疑だったのが確信へと変わる。
佐伯は首だけを後ろに向けると、チラリと晴樹を見た。
「あ…はい。熱があるのと少し吐いてて…でも、病院が…」
歯切れ悪く、恭賀が答える。
「…○○総合病院には連絡したか?」
「し、しました! だけど、処置中で対応できないって断られました。かかりつけの小児科も今日に限って休診日で…先生?」
佐伯は胸元から携帯電話を取り出すと、どこかに電話をかけはじめた。
「…早く出ろよな。藤森―――」
(藤森、さん?)
聞こえてきた単語は、にゃんこ…いや、「みゃーこ」?
「オペ」
「終わる」
「研修医」
電話を切ると、再び佐伯は夏月らに向き直った。
「○○総合病院に行ったら、俺の名前を使って佐伯都(さえき みやこ)を呼び出せ」
「え、え? さえ…誰?」
夏月と恭賀が戸惑っているうちに、佐伯は後ろ手に手を上げることもなく去っていった。
「あ、ありがとうございます!」
「行っちゃった…」
(病院を見つけてくれたの…?)
紺色かかったスーツは、人ごみに紛れてすぐに分からなくなった。
人よりもひとつ飛び出した頭も、瞬きをした次には探すのが困難だった。
メガネをしていて今まで分からなかったけど、なんて真っ直ぐな目をした人だろう。
(佐伯先生…不思議な人だな。学校で会ったら、ちゃんとお礼を言おう)
教壇に立つ気だるさにはまったく当てはまらない大人の色香に後ろ髪を引かれながらも、夏月らは病院へと急いだ。
「閉まってる…?」
晴樹を抱いて走ってきた恭賀の額から汗が流れ落ちた。
佐伯と別れたあと、タクシーを捕まえようと大通りに出たが、タクシー乗り場にできた行列の長さと道路の混雑具合から、自らの足を使って病院へとやってきた。
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