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「…何事も最初が肝心って言うもんね」
ケーキ屋から出てきた磯野夏月(いその かづき)は、両手で抱え直したケーキが入った箱を見て、満足気に頷いた。
(一度、着替えに帰ってからマンションにお邪魔して…)
これから向かうは、バイトの面接。
(お土産選ぶのに、結構食べちゃったからなぁ。これで雇ってもらえなかったら、今月は…三食・のりたま+ゆで卵決定!!)
たまご…。そして、たまご…
ぶるぶるっ。
(だからこそ、絶対に雇ってもらわなくちゃ!)
ケーキが入った箱をグッと握りしめ、ガッツポーズを決める。
コンプレックスでもあるぽっこりお腹をさすりながら、青信号に変わった横断歩道を渡ろうと一歩を踏み出した瞬間、右から走ってきた男性とギョッとする間もなく激しくぶつかった。
「きゃっ!」
「おっと」
相手の身体に弾かれた反動で後ろ向きに倒れそうになる。
(あっ、ケーキ…!)
離れていく箱の取っ手が指先を掠めていく。
男性が慌てて差し出した手が、尻もちをつく直前で夏月の身体を支えた。
「ご、ごめん! 急いでて…大丈夫!?」
「は、は…」
「お腹!!」
「…い」
(へ? お、お腹…?)
「あっ、いえ。本当に軽くぶつけただけなので」
「うん。…でも、ごめん」
しゅんとして肩を落とす男性は、道路脇で横向きに倒れているケーキの箱には気づいていないようだ。
夏月の足元をしっかりさせると、乱れた制服をテキパキと整えてくれた。
「若いのにずいぶん苦労してるみたいだけど…挫けちゃダメだ。きっと、いつかキミにも今みたいにキミを支えてくれる人物が現れるだろうから。それまで、頑張るんだよ」
「え、え?」
「女の子の笑顔は男の糖分。だから、女の子は笑顔でいないとダメだよ?」
そっと手を引かれ、男性に近づく。
男性は、ぱちんっと見事なまでのウインクと、夏月の指先に雪ほどに軽いキスを残して去っていった。
(うわぁ…)
みるみるうちに頬に熱が集まってくる。
(…変な人だ!)
夏月は、初めて生で見る変態の背中をまじまじと見送った。
「あ! 私も急がなくちゃっ」
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