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(シリアス路線に転化したはずじゃ…)
明後日の方向に向いてしまったやる気を持て余し、肩が大きく落ちる。
「あ~、ぶぅー」
「はるくん…」
(そうだよね。雇ってもらえるだけありがたいことなんだから)
「掃除しよ…」
晴樹の声に、ちょっとだけ失っていたやる気を取り戻しながら改めて室内を見渡せば、一人のときには忘れていた生活の匂いが至るところに落ちていた。
風呂場から漂う自分以外の人の気配。
テレビから聞こえてくる笑い声。
部屋の明かり。
(そうだ。必要なのはパパさんと上手くやっていく自信じゃない)
生きていくために必要な最低限度の衣食住。
(私には、ここで生活していくしか道は残っていないんだ。花(はな)ちゃん、七生(ななお)、真生(まさお)…お父さん、お母さん…)
…ガチャ
「あ~、いいお湯だったぁ…って、片付いてないしっ。えぇっ!? なに、泣いてんの!?」
濡れた髪をタオルで拭きながら戻ってきた恭賀は、涙やら鼻水やら何やらで部屋の散らかり以上にひどい顔になっている彼女を見て、盛大に身体を仰け反らした。
晴樹は一人、ベビーベッドの中で車のおもちゃと遊んでいる。
「うぅーっ、ずびばへん…」
「と、とりあえず…鼻、かもっか」
ずびびびぃ。
夏月の顔を下から覗き込むように膝に手をつき、タオルでゴシゴシと顔を拭いてくれる。
髪を拭いたあとの湿ったタオルなのに、夏月の目からはますます涙があふれた。
「なに、俺と一緒にお風呂に入りたかったの? なら言ってくれればいいのに」
「違います。ひ、人の優しさにふれ、…触れたのが久しぶりばっばのべーっっっ」
「うおっ。鼻声になってる! ほら、鼻水ちーんして」
「ばばざん、やざじーっ」
「ばばぁ? …んん、まーいや。だろだろ。優しいしカッコいいって分かったんなら、もぉー泣かないの。はぁ…俺がキミのベビーシッターみたい…」
ふぃっと顔をそらし、恭賀がぼやいたことに夏月は気づいていなかった。
それから、彼女が泣き止むまでに小一時間かかったが、その間、恭賀はずっと頭をぽんぽんしてくれていて、…あ、思い出したらまた涙が。
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