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うるせえよーー
彼はバッターボックスに入るラビッツの四番打者に対し、怒りながらも淡々といつもの動きを繰り返す。
サインを出す。受ける。ボールを返す。また受ける。
この間、捕手が投手に対して感情を見せる訳にはいかないのだ。
しかしそれでも、彼の感情は漏れ出すギリギリのところにあった。
彼の脳裏に投球練習中に受けたストレートの感触が蘇る。
あれでは使えない。
あのストレートはこの世界では通用しない。
それが入団して即レギュラーを勝ち取り、将来を期待されている捕手である彼が感じた、守護神のストレートに対する素直な評価だった。
だがその事実に対して、彼は目を背けたかった。彼はまだ若く、四年前の守護神のストレートを受けた事はない。
けれど守護神のストレートをテレビで観戦し、いつかこの手で受けてみたいと思った事は一度や二度では無かったのである。
今の彼はそんな憧れのストレートのサインを、守護神に出す事が出来ない。
彼は味方側のベンチに座る、監督を見た。
ライガースの監督は元捕手であり、現役時代は日本代表のマスクを被ったこともある。
そんな監督を彼は尊敬している。実際、彼が監督から教わった事は多かった。
それでもこの状況をわざと作り出した監督だけは認める事ができない。
監督は守護神の球を受けていた。
だから今の守護神のストレートがもうあの頃のストレートとは全く異なる事を、誰よりも知っていた筈なのだ。
彼の目には監督が何処かを見つめているように見えた。しかし何処を見つめているのかまでは分からなかった。
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