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町はベッドタウンとしての都市化と共に発展し、それに連れて旅館の規模も大きくなった。以前は行商人の泊まり場に過ぎなかったが、時代と共に町が東京の奥座敷となり、昔ながらの宿屋を近代的外観の和風旅館に建て替え、それなりの格式を整えて観光客も受け入れている。旅館の裏手の草ぼうぼうの荒地も名のある庭師を入れて造園し、睡蓮の池のある見事な日本庭園としていた。しかし銀行の融資は厳しかったようで、木造二階建てにしたのが精いっぱい、大女将はもっと融資があったら鉄筋五階建ての観光ホテルにしたい意向を何回も嘆くように家族の前で言った。
「昔はのどかだったぞ。立川か青梅に用事かあって駅に向かうとき、バスを降りたら電車の発車のベルが鳴っていても、改札の駅員に待ってくれ、と手を振って合図したら乗れたからな」と祖父の油屋新一郎が日本酒の晩酌に酔い痴れて上機嫌だったこともあった。
ところで、油屋家での一家団欒は希なことだった。雇い人を増やして大きくした観光旅館業という二十四時間年中無休の営業のせいだろう。家族が各自に手の空いた頃合いや、子供達も好き勝手な時間に厨房に入って、料理人の作り置きの賄い飯をダイニングや自室に運んでパクついていた。又横着に仲居に言いつけて持参させることもあった。
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