37人が本棚に入れています
本棚に追加
「なに妬いてるんだよ。先生は小説で勝負すんだろう?」
「私には売れる作品なんて書けないと思っているんだろう。どうせ三流作家さ」
いちいち面倒臭い男だ。俺は思わず溜め息を零す。
もしめぐるに文才の欠片すらなかったらとっくに見放している。……なんて、少しは期待かけてやっていることも、このおっさんは気付いてねえんだろうなあ。
「サーターアンダギー。特別に明日買って来てやる」めぐるの眉がぴくりと動く。
「いくつだい? 裏切りの代償は高いぞ。一個や二個くらいじゃ動かないんだからなっ」
「十個でどうだ」
一転した表情に思わず大笑いする。最終的には餌で納得したのか、めぐるも大声で笑い出す。
「お父さんうるさい!」
ドスの効いたかのこちゃんの声が立て付けの悪い扉を揺るがした。めぐるの背中がぴんと伸びる。
「月夜半分闇夜半分」
「なんだい、伊藤くん。それは慰めのつもりかい?」
「おら、早く書けよ」いつもより幾分抑えた声で言った。
執筆を始めた、もやしさながらにやつれた背中の向こう側には、サーターアンダギーのごとく丸い月が浮かんでいた。
了
最初のコメントを投稿しよう!