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旅人の名は、奥津(おくつ)と言った。
彼はある種の狩人的な行いを生業としていた。
うさぎや鹿、イノシシなどを獲って売りさばくこともあったが、それは本業ではなかった。
太陽が一日で一番高い位置に来る頃合い、北を目指す彼は、ちょうど盆地を抜けた所であった。
緑生い茂り、柔らかく湿り気のある盆地の土を踏みしめ歩いて来た彼の草履には、人が通るために踏み固められた道の乾いた砂がまとわりついていて来る。
さて、まずは聞き込みからだな、と思った時、向いにゴロゴロと荷車を引く人影が見えた。
「やあ、そこのお方。今から峠へ向かうんか?」
向こうもこちらに気づくや否や、声を掛けて来た。
「ええ、そのつもりで」
「ああ、そりゃあ、やめといた方がええで。なんせわしも今しがた引き返して来たとこじゃけぇな」
農夫と見えるその男は、奥津の前まで来て荷車を止めた。
「なんで、峠に行かん方がええんです?」
奥津は尋ねた。
「ああ、化け物蜂が出るんよ」
農夫は眉を下げながら答えた。額と胸元は汗ばんでいる。
奥津は手間が省けたと内心考えた。
「その話、詳しゅう聞かせてくれんでしょうか?」
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