『森啼いて鳥死する時』

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 子供が無口で、不安が俺にまで伝わってくる。母親を失い、唯一の肉親までもを失ってしまったら、この子供はどうなるのだ。  悪い事を考えまいとしていると、余計にあれこれ考えてしまった。  病院に到着すると、丼池と昂が、受付で待っていた。 「昂?どうしたの?」 「百舌鳥さんと一緒ですよ」  百舌鳥も病院に来たのだそうだ。今、百舌鳥と意識が戻った神代が、話をしているという。  子供は病室に入ると、神代にすがって泣いていた。 「疲労と打撲で済みました。神代さん、だいぶ無理をしていたみたいです」  無事で良かった。俺も、思わず泣いてしまうと、丼池が手で隠してくれた。 「遊部さん、昂。家に帰ろう」  どこか、丼池が辛そうであった。 「丼池君、どうしたの?」  丼池は、理由を言おうとしない。昂は、困ったように俺を見ていた。  車が、発進すると、丼池が昂をチラリと見た。昂は、頷くと俺の方を向く。 「百舌鳥さんは、子供のためにも、母親が必要ではないかと説得しました。子供は、沢山の不安を抱えていても、大好きな叔父の負担にならないように必死になっているとも」  神代は、その通りですと言った。磯田と幸せであるが、それでは、子供には負担だとも気付いていた。 「そんな……」  ご神木の前で、やっと結ばれたのではないのか。 「生葬社の女性警官が、神代さんのしいたけのファンで、暫し、手伝いたいと申し出ています。百舌鳥さんは、有給一杯、居ていいと許可しました」  そうなのか。幸せというのは、とても儚い。 その後、磯田は神代から身を引き、担当は船生が引き継いだ。生葬社からは、寿退社が一名発生した。神代の家に、母親というよりも、大黒柱のような強力な女性が嫁に行った。 「これで、良かったのかな?」  俺は、祝いにウェディングケーキを焼くはめになった。  いつか、神代の子供も生まれるだろう。ただ、幸せだった神代の笑顔を思い出すと、心が痛む。 「これも、幸せだよ。俺も、遊部さんの子供が欲しいしね」  俺の子供か。考えた事もなかった。 「俺も、頑張るか」  バタバタしてしまったので、中々、ふん切れ無かったが、やっと実家に行く決心がついた。 「百舌鳥さん、有給をいただきます」  三連休に、一日足してみた。 「あれ、遊部君の有給は残っていたかな」
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