『森啼いて鳥死する時』

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 磯田の目に映ってもいい自分に驚く。純粋な物以外を拒否する磯田の目が、俺の存在を許すのか。俺が笑顔で、磯田に手を伸ばすと、再びフラッシュの嵐になっていた。でも、俺には、磯田の目しかない。  やっと人込みを抜けると、食事の会場であった。本当に軽食しかないが、飲み物があったことに感謝する。 「遊部君は、生葬社の人間だよね?普段は、捜査担当だときいたよ」 「何でもやりますよ、ここの所ケガだらけですよ」  親友の綾瀬が、敵対勢力に行ってしまったことも、磯田はしっかり覚えていた。  イベントの主催者が、俺を見つけると何か言っていた。俺は、不味い事をしてしまったのだろうか。  そっと隠れていると、隠れた布の中から何か唸り声が聞こえていた。布の中を覗くと、虎がこちらを見ていた。 「虎?!!」  どうして虎が、こんな場所に居るのだ。 「うるさい、眠らせろ」  しかも、この虎、人間の言葉を理解している。  番犬のラッシーと同じく、人間の異物(インプラント)を与えられた虎であった。虎の異物(インプラント)を外してもいいが、ここで暴れたら危険であった。 「そうか、眠っていていいよ」  そっと虎から離れよう。すると、又、カラスの激しい鳴き声が聞こえてきた。 「カラスか。奴らは死ぬと分かっていても、伝えてくるよ」  何を伝えるのか。 「この車は欠陥があって、殺人車と呼ばれるようになる」  車の構造上の欠陥ではないので、長く気付かれないが、この車の空気の清浄機能に黴が住みつき、やがて人を殺し始める。 「空気清浄機なのか」  こまめに交換していれば、防げる。 「分かった、根拠をあげて対策するよ」  磯田が、俺の言葉を信じてくれる。虎が、嬉しそうに俺の頬を舐めていた。 「ずっと否定されていましたから、こうやって、人に信じて貰えるって嬉しいですね」 「そうだね。俺も、自分の道が分かった気がするよ」   寺の息子だから、通信販売でも葬祭にまわされた。実家から戻って来いと電話があった、磯田の妹が婿を貰って家を継ぐと言っているそうだ。本当に住職にはならないのか、両親は、磯田の回答を待っていた。 「俺は、人が死んでもう何も言わなくなると、周囲から吹き出すように出てくる、故人への言葉に耐えられなかった。不平不満、できなかったこと。やっと終わったこと」  でも、それらを含めて終了とすることが、葬儀の役目であると分かったそうだ。
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