『森啼いて鳥死する時』

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「俺は、まだここで、やりたいことがあります。実家は妹に任せましょう」  虎が後ろで、鼾をかいて眠っていた。 「さてと、歌には興味がないし、食べたら帰ろうかな」 「そうですね」  しかし、今度は虎と車と撮影会になっていた。どういう組み合わせなのか。  虎が自由に歩いていて、俺の隣にやってきた。こんなに自由でいいのか。でもよく見ると、飼い主が鎖を持って、後ろに控えていた。 「お前の飼い主はどこだ?」  俺の飼い主などいない。 「……飼われていないよ」 「じゃ、喰ってもいいのだな」  虎が急に暴れ出し、俺の首に噛みつこうとしていた。飼い主が必死に抑え、獣医が麻酔を持ってくる。 「冗談だ。お前、森の花みたいだ。懐かしい」  虎は、俺の頬を舐めると満足していた。 「遊部さんといると、寿命が縮みますね」  僅かに首が切れたが、手で隠していた。ハンカチを外して見てみると、結構、血が流れていた。  ここで怪我をしたと分かるのも面倒であったが、獣医には気づかれてしまった。 「消毒しておきましょう」  動物用であるが、応急処置をしてくれた。 「あの虎が、人間に反応するのは、初めて見ましたよ。いつも無視でしたからね」  鎖で繋がれて、檻に入れられているが、人の言葉を理解している。虎の絶望を人は知らない。 「磯田さん、帰りましょう」  会場の外に出ると、街路樹が揺れていた。風が強く、雨が降り出してきた。  軽食だったので、磯田が夕食を奢ってくれた。近くの定食屋であったのだが、結構おいしく、磯田が穴場だと言っていた。 「おいしい」  ここで分かってしまったのだが、磯部は男が好きな人種なのだ。だから実家には、帰れなかった。俺を見つめる磯田の目は、とても優しい。  どうか磯田は幸せになって欲しい。そういう、優しい人であると分かる。 「そっか、遊部君は、下宿しているのか」  丼池家は、俺に優しい。 「俺も、遊部君のような優しい子をみつけることにするよ」  磯田と駅で別れると、土産を購入していなかった事に気がついた。車のパンフレットは貰ったが、これでは美奈代は喜ばない。  どこか美味しい店はあるのか。周囲を見ると、又、カラスが空から降ってきていた。  あちこちで悲鳴が聞こえ、車が急ブレーキで止まる。カラスが空から降ってくる。  森が啼いている、カラスはそれを伝えようと言葉を発し、力尽きて落ちてくる。  森に何があったのだ。
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