『森啼いて鳥死する時』

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 神代は、やや腰を痛めているようであった。腰をたたきながら、しいたけの原木の手入れをしていた。  妹の御幸は悲しいが、新しいご神木は、日々逞しくなっていた。しいたけも、新しいご神木に馴染み、おいしく仕上がっている。昔よりも、心なしか甘くなった。 「神代さん、腰を痛めましたか?原木、俺が運びましょうか?」  神代は、無意識に腰を気にしていたのか、気付かれて真っ赤になってしまった。丼池が、自分の顔に手を当てて、俺に対して嘆いていた。 「遊部さん、天然ですね……」  天然に鈍いと言いたいのか。そこで、俺も理由に気付き、真っ赤になってしまった。 「磯田君の情熱とやさしさがね。あんまりに嬉しくてね」  気付いたら、かけがえのない人になっていたらしい。 「俺は若くはないし、普通の人だし、どうしようかと思ったけどさ。やっぱり、欲しいと言ってくれる人に、任せてみようかと思ってね」  そうか、神代は磯田に体を任せたのだ。 「人生変わったよ。愛されるって、凄い事だよ」  幸せならば、それでいい。でも、聞いてしまって、俺の方が激しく照れてしまった。 「ええと、ご神木に日本酒、あげてきます!」  逃げるように走り、丼池が追いかけてきていた。 「あの、遊部さん。ご神木に誓わせてください。俺、遊部さんを愛しています。一生、幸せにします」  誓ってしまってもいいのか?一生は、かなり長いと思う。 「あの、遊部さんの答えは、ここでなくてもいいです。俺の誓いですから。遊部さんには、俺をもっと知って欲しいし……」  ご神木も、照れていた。そもそも、神代が初めて磯田と結ばれたのも、ご神木の前であったという。やっと神代は、自分の気持ちに気付き、磯田に答えようとしたが、身体を任せるのには抵抗があったらしい。そこで、ご神木に見守られながら、やっと、身体を開き受け入れることができた。なかなか結ばれずに、ご神木もやきもきしたらしい。 「……俺は、ここで、しないから大丈夫」  ちゃんと、女性を好きになって欲しいよねと、ご神木が嘆いている。その通りなのだが、恋愛というのは、ままならない。  しかも、ご神木が、重要なポイントを指摘してくる。綾瀬は、俺が異物(インプラント)であり、その恋愛の領域に住んでいるのだ。絶対の領域と言われるが、そこに、丼池も存在しているのかもしれない。綾瀬は、それが許せない。 「許せないか……」
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