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「街まで出て買っていましたよ。でも、服も、今だってそう買いませんからね」
テレビは娯楽であったが、テレビよりも外で遊んでいた方が多かった。
「この上が実家です」
斜面を登り、広い庭がある。庭に車を止めると、両親が出迎えてくれた。
「遠い所、お疲れさまです」
美奈代が、土産を持って挨拶していた。
俺は、気になっていたので、裏山に登り、岩を確認してみた。見事に粉砕されていて、固まりすら残っていない。
「どうして……」
ここで、空を見上げて寝転んでいた。その孤独を思い出す。
「もう必要ないだろ?」
綾瀬の声が聞こえた気がした。でも、見回しても誰もいない。
裏山を下りると、土産を手に持って、綾瀬の家に行ってみた。
「遊部です!」
玄関で声を掛けると、中から赤ん坊の泣く声が聞こえた。
「あら、遊部君。いらっしゃい」
綾瀬の姉が、三人目を出産して実家に帰っていた。元気な男の子で、おもいっきり泣いている。
「遊部君。テレビ、出ていたよね?車のCMでしょう。昔からかっこいいものね」
CM?俺は見ていないが、そういえば、町中でもよく声をかけられる。
「近くで見ても、かっこいい。匠海が生きていたらな」
「匠海君へお線香をあげてもいいですか?」
あがっていってと言って、綾瀬の姉は赤ん坊をあやしに行った。
綾瀬がいなくても、時間は確実に過ぎてゆく。俺は、線香をあげると、胡坐をかいた。
もう俺達は、高校生ではなく、社会人になった。俺は家を出て、農家は弟が継ぐだろう。
何もかも変化してゆく世界で、俺と綾瀬の時間が止まっていた。
「綾瀬、俺達、もう高校生ではない。都会に憧れて、迷っていたあの頃とは違うよね」
綾瀬の姉が、俺と綾瀬が話している姿を見て、お茶を置くと黙って去って行った。
「綾瀬。俺達、親友だったけど、互いに何も分かっていなかった。綾瀬は、本音を俺には言わなかったし。俺も、辛いとは言えなかった」
表面だけで、親友と思っていただけだ。
「俺、綾瀬が死んだ時に泣けなかった。だって、誰も、俺に教えてくれなかった。だから、今、泣いておく。さよなら、綾瀬」
さよなら、綾瀬。本当は、もっと昔に言わなくてはいけなかった。泣いて、泣いて、さよならを言っておくべきだった。
窓が勝手に開くと、風が渦を巻いた。隣に綾瀬が立っているような気がする。
でも、俺は綾瀬を見ずに、背を向ける。
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