第1章

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神と呼ばれる霊的意識体など存在しない。 そう、彼は言い切った。 「自分が居るから、世界が在るんだよ。卵が先か鶏が先かって話に似ているかな? 僕は僕が見たものしか信じない。だから、世界は僕より後にできたんだ」 私は動揺を隠して、彼の言う法則に逆らうように自分の存在を主張した。 「それなら、私はどうなるの?」 「僕の意識からしたら、君も僕が生み出したものなんだ。君からしたら、君が僕を生み出した」 一呼吸置いて、彼は私に微笑んだ。 「それだけの話さ」 なんて奴だ、と私は思う。 合理的で、否定したくてもできない、延々と続いてしまいそうなそんな話だ。 午後に差し掛かりそうな時刻に、私達は真剣に話をしていた。 彼の言いたいことは、要するにこうだ。 大層な言葉を並べてはいるけど、どれもこれも本当の意味で自立するためのものに過ぎない。誰のせいにもしないで、何もかも自分で頑張るための言い訳だ。 私はどうしてもその話に納得できないでいた。なんでと聞かれたら、上手く言えないけど。 ちょうど三日前の同じ刻に彼と出会った。 仕事もなく、公園のベンチでぼうっとしていた私の目の前には、首を吊る女がいた。 日中のまだ明るい時間だというのに女を気に留める人はまるでいなかった。私が呆然としていると、黒髪を後ろへとなびかせた青年がスタスタと私の横にまで歩いてきた。 まるで絵画鑑賞をするかのように横に並んだ私たちはしばらく無言のまま首を吊った女性を見ている。その沈黙を破ったのは彼だった。 「もしかして彼女を生きた人間だと思ってます?」 「え、どう見ても死んでいますよね」 「いや、そうではなく。彼女の遺体は既にここにはない。という意味です」 と彼は言った。 「それってどういう意味ですか?」 と私は質問した。 彼は苦笑いを浮かべながら「ここにいる女性は先月発見されて既に親族に遺体は引き取られているんですよ。肉体はないのに何故か霊体は未だにここで首を吊っている。不思議ですね」そう言うと彼は私の方を向き直って再度「不思議だと思いません?」と微笑んだ。 それがとても印象的だった。私よりもはるかに身長が高く、まるで外国の人のような目鼻立ちに心を奪われたのは間違いない。
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