誘惑

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今日三杯目の水割りを作る。 二杯までは眠気を誘うが三杯目ともなれば、かえって目が覚めてくる。 ホントに暇だ。 さっき常連客が一人、時間潰しに一杯引っ掛けにきたくらい。 彼は最近婚約したらしく、もとより明るい人だが今は輝いている。 普通に恋愛して、普通に結婚出来れば私もあんな風に輝けるんだろうか? 鈴木さんが目の前にちらつく。あれから4日。 土日挟んだせいか、少し冷静になれた。鈴木さんも何も言ってこない。 ただ……時折感じる視線。 体に何気なく触れる指先が私の背筋に痺れに似た悪寒を走らせる。 今まで感じたことない快感?不安?心が揺れる。 これが恋? 私は彼女に恋したのか? 駄目だ、彼女はノーマル。 私の性癖に巻き込んではいけない。 「その通りだよ、嬢ちゃん」 「あ、いらっしゃいま、せ?」 独り言が口から出ていた? いや、あり得ない。 そしてもうひとつあり得ないこと。 カウンターの前で私を見上げているのは、まるで絵本から飛び出した赤ずきんちゃん、そのまま。 「う、嘘」 今何時よ? 何でこんな時間にこんな場所でこんな格好した子供がいる? しかも声が……老婆だ。 くつくつと赤ずきんもどきが笑う。 「現実だよ、嬢ちゃん。」 もとより薄暗い店内の照明が更に暗くなり、彼女が宙に浮きあがった。 ひっ! ガッシャーン、ン… チャリーン… グラスボードにぶつかった衝撃で、派手に割れるグラス。 「人間界は男女の恋愛が常識、神様が決めた。 だけどあたしなら」 ニンマリと笑う赤ずきん。 あんたの望み叶えてあげられるよ 聞き終えるか終えないかの内に、 ……暗転。
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