目覚め

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園田多香子32才独身。 都内の有名私立大学卒業OL歴9年、大手機械メーカー本社経理課主任。 親元を離れ中野駅近くのマンションに一人住まい。結婚の予定、全く無し。 朝の通勤電車の中、改めて今の自分の立ち位置を確認する。 既に習慣となっている思考。 寂しい、と言えば嘘。 いや、どちらかと言えばこれまでの生き方自体が嘘で塗り固められている。 右隣に座るサラリーマンが電車が揺れる度に私の肩に寄りかかってくる。 わざとらしい。 肩より少し長い髪を直す 仕種をしながら肘で押しやる。 左はお婆さんだから逆に私が倒れこまないよう気を付けなければ。 すぐにポッキリいきそうな小さい体だ。 前に座る男どもは見ないふりして、いやずけずけとか。不躾な視線を当ててくる。 まるっきり無視に限る。 毎回こんな感じで朝からかなりグロッキーだ。 自分の容姿が嫌になる。 仕事場に到着しても状況はあまり変わらない。 「お早うございます、主任。」 ビルに入ればあちらこちらから挨拶。私もにっこりと返す。 うっとおしいが仕方ない。 「今朝もいつもと変わらず、モテまくりですね。」 クスクスと笑いながら、部下の鈴木さんがお茶をデスクに置いた。 ちらっと彼女を見やり、湯飲みを手に取る。 「まあいつもと変わりない日常よね。」 週半ば。 デスクに判子待ちの書類が積み上がっている。 仕事は退屈だ。同じ部署で9年も毎日同じことやっていれば、嫌でも能率は上がる。 しかも本社だから仕事も細分化され、仕事量自体多くない。 残業しなければならない日なんて決算月と年末くらい。 他の人はみんなアップアップです、と鈴木さんは笑うけど。 いっそ転職しようか?もっと自分を痛め付けるような、なにも考えられないくらい、ハードな仕事を。 頭脳労働に拘る気もない。 そういえばこないだ加藤くん、とうとう建設会社社長に就任だって言ってたっけ? 話持ち掛けてみようかな。 いや説教されそうな気がする。 今のキャリア捨てる気かとかね。 ! 痛いくらいの視線にハッとして、顔をあげる。 鈴木さん。 突き刺さる視線に思わず怯む。 スッと表情を和らげ、 「しゅにーん、しごとしましょー、今日はお昼外に食べに行く約束ですよー」 「ああそうだった……ね。」 いけない。 仕事に集中しなきゃ。 今日は夜の事もあるから残業なんて一分でも困る。 早速書類に取りかかった。
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