目覚め

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翌週 火曜日 薄暗い路地に面している通用口のドアを開ける。 「おはようございます」 「あら待ってたのよ、タカ」 おネエ言葉のマスターがまだ普段着でカウンターにいる。 「急用が出来ちゃってね、今夜は一人でお願い出来ないかしら?」 「いいですよ。準備してきます。」 二階の物置兼ロッカールームで、シャツにスラックス、ベストを身に付け、蝶ネクタイをする。 ティッシュで唇を一拭きしてリップクリームを塗り、眉を太めに書き足す。 髪にワックスをつけ、後ろに撫で付け、一纏め。 マスターから貰った度無し偏光レンズの眼鏡を掛ける。 ださ系ネエサンの出来上がり。 目はグラスの反射のおかげで見えない。パッと見ただけでは私と分からない。 急いで降りてマスターと交代。 まあ今日は火曜だし、給料日前だから暇だろう。 床掃除しなくちゃ。 カウンターに入り、自分用の水割りを作る。残った作業は、レモンのくし切りか。 バーテンダー。 これが私のもうひとつの顔。 別にお金に困っている訳じゃない。 見かねたマスターが私に救いの手を差し伸べてくれただけ。 半年前、心が潰れかけ、ついでに体も潰してやろうかと、自暴自棄になっていた私に 「じゃ夜だけ別人になってみる?」と。 それから 週に3、4日、バーテンダーとしてここでやっている。 『人の嗜好はそれぞれ、って親父が死ぬ前に私にくれた言葉』 今でも時々、思考が底に沈み込みそうになると、マスターが私をハグしながら耳元に囁く。 静かに流れるジャズについ眠りを誘われる。 うつらうつらとしている内に軽く24年前にトリップしていた……
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