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何でもないことだというようなスタンスは彰にとってまだ傷口が乾いていない証拠だった。優一朗に視線を合わせないのは、わざとではないのだろう。
「そう・・・・・・」
「桐生さんに聞いてみたらいつからかわかるけど」
「いや、ちょっと気になっただけだから。格好いい人だから、もう結婚してるのかなとかただの興味本位なだけだし」
まさか調べさせたとは言えなくて、優一朗は笑いながら誤魔化す。
ふ、と彰が優一朗を見上げて「気になるなら、言えよ」と真摯なまなざしを向けてくる。
全てを見透かされているような気がして、優一朗は思わず足を止めた。
「優一郎?」
「彰・・・・・・」
やましい事が多すぎて、どうして? と訊ねることが出来ない。
「おれにはわからないけど・・・・・・、優一朗は色々おれに内緒にしていることがあるんだろ?」
「・・・・・・何故そう思ったの」
彰の知らないところで護るためにやっている色々な事を思うと、優一朗の背中を冷や汗が伝った。
「近藤さんの事だって、そうだったろ? モルゲンロートも乗らないのに・・・・・・」
どうして乗らない優一朗が馬を学園にもってきたのかと考えたら、彰のためという以外に選択肢はなかった。
「近藤さんのことは・・・・・・。でもモルゲンロートは、本当に姉さんが――」
贈ってくれたのは姉の菖蒲だったし、欲しいとねだったわけでもない。けれど、確実に彰を釣るためだということは、優一郎もわかっている。
「ごめん、おれ、自意識過剰だな――」
少し恥ずかしそうに笑った彰が、あまりに可愛らしくて優一朗は思わず彰の手をとった。
優一朗のとっさの行動に一瞬固まった彰は、それでもその手を振りほどこうとはしなかった。
二人が再会してから二か月以上たった。その間、優一朗は約束通り近藤とそういう関係になることもなく、他で息抜きする様子もなく、ただ彰の側で甘ったるい空気を醸しだしながらも手を出すこともなかった。
優一朗が望むなら、彼の心を信じようと彰は決めていた。
目を閉じたのは、合図だった。
ゴクリと優一朗が生唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。
唇に、そっと触れたのは優一朗の唇だったのかもわからない。不意に手を解かれて、目を開けると、蹲っている優一朗のつむじが見えた。
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