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「冬弥さん、彰に変なこと言うのは止めてください」
「変なことって、お前の馬に乗ってやってくれって言ってやっただけだぞ」
「彰の気が強いとか・・・・・・」
「気が弱いやつがお前に言い返したりするかよ・・・・・・」
これがあの優一朗かと思うと少し切なくなる。なんだろう、出来れば見ないまま卒業したかったほどだ。
「でも本当に彰が乗ってくれていいんだよ。姉さんは、僕が乗れないなら友達に乗ってもらってねって言ってたから」
「菖蒲(あやめ)さんが?」
「うん――。彰がこの学園に来たって言ったら、姉さん凄く喜んでた。また顔を見せてねって言ってたよ」
優一朗の家族とは遊びにいった優一朗の家で何度か会った事があった。自分の家族とは大違いで、とてもいい人達だったことを彰は覚えていた。
優一朗の姉は十も歳の離れた優一朗を大事に思っていることを隠しもせず、彰にも「優一朗と仲良くしてくれてありがとう」と言ってくれた。だからこそ会えないと、彰は思っていた。優一朗はあの事件の後、小松崎グループの後継者から外された。その原因である自分が優一朗を愛している人達に会えるわけがないと思っていた。
「・・・・・・優一朗が、ここについてくるなら、おれはもう馬に触らない」
自分の世界に引きこもった自分が表に出ることが出来たのは、馬と馬に関わっていた人々のお蔭だと思っている彰が決別を口にしたのは脅しではなかった。このままズルズルと優一朗の優しさに甘えて、何事もなかったように過ごすには、自分は優一朗から奪ったものが多すぎる気がするのだ。
どこまでも優一朗を拒否しようとする彰に多少の苛立ちはあるものの、それを表立って非難するほど子供ではない冬弥は、優一朗の答えを待った。
「彰が、そういうなら・・・・・・ぼくはここには来ないよ。だけど、丸山さんから連絡はもらっていいよね?」
心配そうな優一朗の譲歩に彰は頷いた。
「それくらいなら・・・・・・、いい」
小さくて、眼鏡君な彰が冬弥には女王様に見えた。そして、たったそれぽっちの許しに心を震わせている優一朗に笑いが込み上げてくる。が、それこそ馬に蹴られそうなので笑いを噛み殺して肩を震わるだけに留めたのだった。
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