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よりによってまずいことを思い出させてしまった。どんな言葉をかけようか迷っていると、老人は打って変わって勇ましい顔になる。
「そうだ。それから兵役に就いた。そして特殊攻撃部隊として海外に派遣された。そこで見えない敵と戦ったんだ」
見えない敵?ってなんだそりゃ。ステルス戦闘機か?それともゲリラ戦の相手だろうか。それにしたってすごい職歴だ。刑事に消防士に軍人とは……。
と思っていたらもっと驚く言葉が出た。
「そういえば、スパイもやったかな」
やったかなって、バイト歴を紹介するような言い方だ。まさかとは思うが、口からでまかせを言っているんじゃないだろうな。
「あの、それって本当のことなんですよね?」
「もちろんだ。一つ思い出すと、そこから鎖のように連なって記憶が出て……」
そこで老人は目を丸め、大きく息を飲んだ。
「また思い出した。私には兄がいる」
「お兄さんですか。どんな方です?」
「双子の兄だ。彼はチビでハゲでデブだった」
そんなことがあるのか?目の前の老人と間逆の容姿じゃないか。ますます記憶の信憑性が疑わしくなってきた。もしかしたら混乱しているのだろうか。
「すみませんけど、思い出したことを一度整理してみましょうか」
ところが彼は僕の提案を無視して、「剣士」と呟いた。
「はい?」
問い返す僕に、彼は棒状のものを振る仕草を見せる。
「こうやって敵と戦ったんだ。だから私は剣士でもあったはずだ」
何がなんだか分からない。もしかしたらフェンシングのことか?しかし両手で剣を握ったポーズをとっているのだから剣道だろうか。
呆れつつ老人を眺めるうち、彼は急に動きを止めた。それからじっと掌を見つめはじめる。指先がかすかに震えていた。
「どうかしましたか?」
「大変なことを思い出した」
まさか人を切り殺したとか言うんじゃないだろうな、と訝る僕の予想の斜め上を行く言葉を彼は口にした。
「私は、ロボットだ」
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