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薄暗い森を、月の光が微かに照らす。夜に舞う蝶は、陽射しを受けたときにはかえって毒々しかった色が、淡く、淡く瞬いていた。
風が吹き、草木を撫でる。その時一緒に、地面に転がる人間の頬も、さっと撫でていった。
その人間は、呼吸こそしているものの、どこか弱々しい。やや長めの黒髪は乱れている。服は濡れていて、肌にぴったりと貼り付いているようである。
目はかたく閉ざされ、浅く胸が上下している。要するに、起きる気配が全くない。
それに、辺りは肌寒い。いつまでも此処に倒れていれば、死んでしまうに違いない。だが此処は森の中。人の気配なんてまったくこれっぽっちもない。
そう、人の気配はだ。「それ」はとても小さい瞳で人間のことをじっと見ている。「それ」はぱちくりと目瞬きをした。別の場所の「それ」も目瞬きをした。「それ」は単体ではない。人間の近くにも、いる。森中に。見ている。木の影から。草の後ろから。葉のスキマから。水の中から。光の辺り具合で様々な色に変化し、輝いて見える瞳は、気がつけばそこら中にいた。
「それ」らは目をぱちくりさせながら、ちょこちょこと人間の方へ近づいていく。群がっていく。いったい全体、「それ」がどのくらいの数をなしているのかは分からない。ただ、人間は「それ」に囲まれた。覆われた。「それ」は人間に群がり、ぎゅうぎゅうと押し合いへし合い、くっつく。
そして、爆発するように、緊張が溶けた容器の水が溢れるように、わあっと、一気に「それ」は離れ、散らばり、姿を見せなくなった。
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