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歩みも軽い。心が軽いからかもしれない。
ずんずんと進む坂道を登っていく間、昨日のバスの事を思い返す。
いいの、あれが夢でも。私、今幸せなんだから。
バスのつり革に手をかけ、見守るように目線を私に合わせて。
話す度に、若王子君の髪が揺れる。くすぐったいレモンの香り。
声が響く。鼓膜に、その先の骨に、全身に。
……いい夢だったよね、もうあんな事ない。
単身赴任したきりのお父さんを思い出す。
……期待しない。諦めるんだ。
「おはようっ、ほとぎさん」
ヤバい、顔がにやける。
振り向かなくても、わかる。昨日聞いた声だったから。
声の主は、隣に歩み寄ってくる。
「おはよう」つい、俯いてしまう。見たいのに、見れない。
「昨日はありがとう。俺、一方的に話しちゃって」
「ううん。全然」テンパってろれつが怪しい。話したいのに、うまく伝えられない。
「そっかぁ、良かった。ね、ほとぎさん。俺さ……」
下を向いてても感じ取れる。若王子君、もじもじしている。
「もっと、ほとぎさんと……話したくなったんだ。今日、昨日と同じ時間にバスで帰るんだ……じゃ、俺学校で宿題片付けるから」
脱兎のように、彼は坂を駆け上がった。
……あれ、もしかして、これって。
顔が熱くなる……。彼は知らないだろうな、こんなに私が紅潮してるのも。顔面を塞いで、にやけを隠してるのも。
……私も、もっと若王子君と話したい。
近くにいたい。
その時、妙な声が耳の奥から……響いた。
……のね……きき………げた。
私は一度立ち止まるも、見た目は普通に学校を目指している。
なんだか、足取りが軽い。ふふっ、小躍りしてしまう。
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