一章 ほとぎ ひなの日常

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キーンと、待ちに待った放課後のチャイム。 「はい、みんなー。明日終わったら土曜日だよー、先生は仕事だよー、無給の部活動なんだ。婚活したいのになー。友達が結婚するとね……ぼっちになって結構きちゃうの……精神的にね」 声のトーンが元気なのに、引きつった笑顔の実川先生を尻目に、私は教室の外に飛び出す。実際はちょっとした早歩き。 昨日の時間は、4時半過ぎ。まだ1時間はある。でも、どうしても先回りしたかった。 彼が近づいてくる姿を、目に留めておきたくて。 階段の内側のスロープを、滑るように駆け下りる。一年生なのに、教室が3階にあるからちょっと移動が面倒。 でも、今日は彼と話せる。今日は、前みたいに忘れたりしない。必ず。 そんなはやる思いのまま、私は一階に到着し、下駄箱を目指す。 廊下の角を曲がったら……目の前には白衣を着た宗谷(そうや)先生。 ふわっと抱き寄せられ、ストップをかける。 ……えっ、今男の人にくっついちゃってるの!? 「おいっ、危ないぞ」タバコとコーヒーの匂いがする。バニラと苦味が混じってる。 銀縁の細いフレームから、暗褐色の瞳がこちらを捉えている。うっ、怒ってる。 「す、すいません」慌てて、体勢を立て直し逃げるように下駄箱へ向かう。 「もうちょっと、自分の体大事に……あれ、キミもしかして……?」 「さ、さようなら」言いながら、早足で。あ、下駄箱。 宗谷先生の冷静な対応で、私はちょっと落ち着く。下駄箱からローファーを出す頃には、気持ちに余裕が生まれていた。 クラスで人気者が若王子君なら、クラス外で人気者が宗谷先生。らしい。噂でしか知らないし、保健室だってほとんどいかないから。 あれ、保険医なのにタバコ吸って良いのかな……。 都下で3指に入る、広大な敷地があるマンモス校の校門を抜ける。うちの学校、各学年6クラスで180人位いるから……帰る人も多い。 「やっと着いた」交差点を越えて、駅前に。バスの停留所に行こうとしたら…… もう、若王子君がいた。
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