第11章

13/35
前へ
/35ページ
次へ
別に禁欲生活をしている訳じゃない。 ただ、生活の中で今は質のいい睡眠が大事なだけだ。 そうじゃなくても、四賀が辞めて 建築士に皺寄せがきている。 その四賀は未だに木本さんの事務所にも 連絡はしていないという。 岡田さんについては どこか吹っ切れた感があってよかったよ。 彼女は優秀な事務だから、こんなところで躓いてほしくはなかった。 突然、スマホが震えるのを見て こんな時間に、というのと こんな時間だから、というのと そんなふうに思ったのは確か。 「はい」 『お久しぶりです』 「……堺」 『坊っちゃんお元気そうで。 ご活躍も伺っております』 「そんな久しぶりじゃなくない? こないだ押し掛けてきてから」 ははは、そうでしたか と、白々しく笑う。 堺は、オレが産まれた頃から既に母親の付き人として 存在していた、年齢不詳謎のオッサン。 ついこの間、専務に聞いた話を掘り下げたくて だけどもう、だーいぶ昔の物語だった為に どうしても知りたかった事が分からなかった。 だから 『坊っちゃんが私に初めてお願い事をしてくれたのが嬉しかったので、全力でやってみました』 電話の向こうでフフフ、と漏らした笑い声は ちょっと不気味で 堺がこんなキャラだとは頭の中で想像がつかなくて ちょっと引く。 「……前置きはいいよ」 『あぁ、そうですか、失礼しました』 フフフ、と笑った向こう側の楽しそうな声 それが途端にシフトされた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

356人が本棚に入れています
本棚に追加