第11章

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今日は残業なんて生温い事はしてられないんだ。 朝、お互いに確認しあったくらいだから。 「残業は極力避ける」 ぶっ。 遠野さんは一生懸命になると 目が寄る。 眼鏡の奥の黒い瞳が中央に寄った顔を思い出して 思わず、にんまり、してしまう。 「顔!緩みっぱなしですよ」 前の席から激励、じゃないか 冷ややかな声援が飛び だけど、堪えられずに表情筋を伸縮させた。 それに。 オレは遠野さんの席を見た。 そこは空。 線を引くのに集中している筈。 空の席を見つめながら、思う。 今回の‘木本さんの悪戯’から始まった 大掛かりだった割には簡単に収束した まぁ、言わば会社乗っとり遺恨劇。 昔々の小さな出来事で 人の人生が変わった。 だけどさ、木本さん。 やっぱり色んな事を八雲社長と話した方が良いかもしれない。 きっと貴女が知らない事を…… ってゆーか、もう、今更だよな。 木本さんの母親が例えば酷く身体を侵されていた病の事や その近辺について知っても 木本さんの言うように 当時8歳の身寄りのない女の子には知る術なんて無くて 時が経つにつれて記憶は風化されると共に 強い怨みで歪んで脚色される。 それと同じなんだろうか。 ちょうど二十何年か前に起こった 木本さんの母親が自ら飛び込んだ、とされる あの幹線道での事故。
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