第14章 幸せ過ぎて……

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「伯母がね、お茶の先生をしているの」 釜がシュー、と音を立てている。 その前に、にこやかに笑う女性がひとり。 「ようこそいらっしゃいました」 柔らかな声音が 木の香りと共に漂った空間。 遠野さんの伯母さんだろう。 「一服如何ですか?」 「頂きます」 「作法は気になさらず、ね?」 オレは部屋の奥へ座り 遠野さんはその隣へ腰を下ろす。 作法は気になさらず、と言われたように 亭主も面倒な手順は省いてくれている。 茶筅(チャセン)も碗も、既に温められていた。 茶杓に1杯半の抹茶、そして炉から湯を注ぎ 瞬く間に点てられていく、薄茶。 点前(テマエ)は、濁る事なくスマートで 碗の中は綺麗で鮮やかな緑色。 ス、と出された碗も スタイリッシュなモノだった。 茶道には、無駄な動きは一切ない。 道具が置かれている場所も全て計算しつくされている。 にじり出て碗を引き にじり帰り畳の縁内へ置き 隣に座る彼女に 「お先に」 声をかけて、碗を自分の正面へ持ってきた。 遠野さんの驚いた顔。 可愛い事この上ない。 「頂戴致します」 丁寧に頭を下げる。 これが礼儀だからだ。 別に、試されている訳ではないと思う。 だけど、この時ばかりは本当に感謝する。 昔とった杵柄、とはこの事だ。 右手で取った碗を左手に乗せ 正面を避けるように手前に回した。
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