第16章 紡がれる生命の神秘

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「便利よねぇ」 哺乳瓶の中で溶かされていくキューブ型の塊。 「アンタはミルク要らずだったから、新鮮だわ」 「そう? どんなに栄養満点でも、母乳には負けるよ…… な?亘」 ヒタ、と頬に当てた哺乳瓶で‘熱くない’を確認して 亘を抱く母さんに手渡した。 堺がそれを見届けてから口を開く。 「坊っちゃん、会社には防犯カメラの数が二つ 受付と、役員フロアのみです ここからの映像は期待できませんでした」 「……だよな」 まぁ、カメラがあったからといって 会社の人間ほとんどが立ち入る場所だからな。 「それから、悠さんの使われた脚立ですが…… 開き止めの金具部分のネジが、ありませんでした 脚部の傾き防止ゴムが一つ、外れていた、との報告です」 亘の頭が一定のリズムで揺れていた。 力強くミルクを飲むその様子が微笑ましい。 こんなギスギスする、荒んだ話にも 赤ちゃん、という存在に癒される。 「ネジなんて、無くなるのか……」 「……脚立が壊れない、という絶対の保証はありませんが 総務部の話によると 4月に購入したばかり、信頼できるH社製のものだそうです。 元に、その前日に使用された総務の方は異常はなかった、と」 「ネジ、見つかったの?」 「……いえ」 「……」 「故意にネジを抜いたのか」 「……の、可能性もある、かもしれない」 「……わからない、か」 何で、悠が資料室で脚立を使うはめになったのか それすら、分からない。 あの日を思い出すと また、何もできなかった自分にほとほと嫌気がさして メチャクチャな気分になる。 悠の退職が決まって 妊娠の噂が一度大きく振る舞われ、それが落ち着いた頃だった。 青い顔をした悠のフラついた姿が 頭の中を過る。 鮮明な映像 胸が急激に潰されたように痛み、恐ろしいほどの 吐き気が、オレを覆った。
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