第16章 紡がれる生命の神秘

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そんな一日の始まりはとても幸せなモノだったのに。 いったい何が起こったのか。 堺が何度となく、オレに謝る。 悠が帰宅予定の時間を少し過ぎるからと、会社の前で堂々と 車を横付け待機をしていた堺が なんの責任もない堺が、何度も頭を下げた。 産まれてくるのがこんなに待ち遠しいのは久しぶりだ、と 本家の孫達よりもはるかに、と いつもは唇でしか笑わないような堺が 目尻を下げて笑っていたのを懐かしく思い返す。 堺の車に腕に抱いた悠を乗せ、病院へと駆け込む間じゅう オレ達に会話はなかった。 ただ、一言。 「この事は、私の命に替えても最後まで責任を持ちます」 だから坊っちゃんは、悠さんの傍に、そう言って 振り返る事なく立ち去った堺。 陣痛だと思われていたモノが覆されたのは 分娩室に入って暫くの事。 オレには何が起こったのかサッパリ分からなかった。 慌ただしくなるその部屋と 時間の流れと オレが見ている景色が 物凄くアンバランスで、一つずつ切り取られたツギハギの映像をスピードをズらしたカメラで見ているよう。 外の様子さえも一変する。 急に鳴り響いた雷鳴といきなり襲ってきた極地豪雨。 普段なら驚く筈の凄まじい雨風。 ただ感覚的に捉えていた。 あぁ、雨だ、と。 勿論それが梅雨明けの知らせだったという事など知る由もなかった。
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