第16章 紡がれる生命の神秘

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「ご主人ですか??」 本当なら分娩自体に立ち会える第一の括りだ。 ご主人、という響きでさえも不思議でならない。 告げられた内容も うまく飲み込めなくて、チグハグな回答になる。 「緊急オペ?」 もう随分と長い説明を受けている途中だった。 にもかかわらず、目の前にいるドクターらしき女性は はい、もう、今既に始まっています、と答えた。 多分この時 このセリフは何度かリピートされている。 カーテンで仕切られた分娩2と掲げられた奥で 慌ただしく響くスリッパの音が幾重にも聞こえる。 ヒラヒラと揺れる深緑の布が時々翻るのは 何人かが同時にそのスペースで動いているからだ、と。 「ご主人に伺いたいのですが……」 「はい」 急速に舞い戻ってきた落ち着いた空気。 オレの訳の分からなくなっていた珍問答に 呆れる事なく付き合ってくれた、ドクターの お陰と言えよう。 「奥様、何処かで強いショック等を受けられた事は ありませんか? えーと、例えば階段から落ちるとか」 「階段から?」 落ちる?いや、まさか。 悠が今日までの間、何かで転んだ、とか それこそ落ちた、とか そんな事はないはずだ。 「いいえ」 と、言いかけて、澱んだ。 椅子に座り損ねて尻餅をついたのは、何ヵ月前だ? いや、あの後、病院でも特に何もなく 本人もケロリとしていて…… じゃあ、今日、何かあった、という事だ。
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