第16章 紡がれる生命の神秘

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急に目尻に不振を露にしたドクター。 「どうしてそんな所に登らせたんですか」 それは、怒りを含んでいた、と言っても過言ではない。 よく見られる深緑色の手術着に身を包んだ女性。 目の前で揺れるカーテンとほぼ同じ色だった。 何も答えられなかった。 本当にその通りだからだ。 「……すみません、ですが、その脚立から落ちた、という事が本当だとしたら 原因はほぼ間違いなくそれです。 奥様は早剥を起こされています」 「そうはく?」 ご主人、とまた聞き慣れない響きの言葉の後 「常位胎盤早期剥離、普通なら胎児分娩後に剥がれるはずの胎盤が、何らかの理由によって分娩前に剥がれてしまうんです よく聞いてください 中では最善の処置をとらせて頂いております 早剥は胎児の命はもちろん、母体の命も危ぶまれるような 危険な状態です」 頭の中の血管ががブワリと膨らんで 頭蓋骨がそれを圧迫して押さえようとする。 気持ちの悪い感じだった。 これ以上膨らめない。 「この場合、優先されるのは母体です 奥様の身体を最優先に処置をします ですが、赤ちゃんを助けるという事も忘れてはいません」 再度、ご主人、と声をかけられた。 「早く、吸引!」 ガタンガタンと何かがぶつかる音の後 ゴゴゴ、と機械の音。 心臓は急くのに、体温だけは下がっていく妙な感覚。 中の声も音も丸聞こえだった。 だけど、全ての音を拾えてはいない。 「……単位追加しろっ」 「つ、止まんねぇな、」 「おい、こっち!」 早剥、って、なんだ…… 思考と現実がついていかない。 悠の、可愛らしい笑顔と 蒼白い顔とが交互に浮かぶ。
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