第16章 紡がれる生命の神秘

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保育器の中で小さな我が子と対面したのは深夜。 悠の処置が無事に終わった、と知ったのは その少し前。 長い半日だった。 気付いたら横に座っていたのは専務。 そして 執刀医の説明を受けたオレは この奇跡という事実に心底感謝をした。 「ICUの間は、私と大森、お子さんは産科の先生で経過を観察します 産科ドクターは明日、になるかな」 「……有り難うございました」 「まず……赤ちゃんの容態ですが」 オレには理解し難い事ばかりだったが 解りやすいように説明をしてくれるドクターに 安心をした。 きっと信頼出来るドクターなんだと思う。 生命の維持に必要な機械に繋がれた腕と身体。 管とコードに痛々しい気持ちに苛まれるのは きっと誰もが持ち得る感情だ。 まだ下界と完全には触れ合えない。 でも 決して小さすぎる、という事ではない。 2,352グラム、48センチ 悠の胎内で止まった心臓はほんの数秒だった、という事だが ソレがもたらすこれからの事は蓋を開けてみないと 分からないと言われた。 呼吸が弱く、いつでも対応できる環境にいる必要があると。 「今のところ、大きな問題はありません そして奥様ですが……」 顔を上げていたつもりでいつの間にか俯いていた事に 無性に情けなくなって ゆっくりと首をもたげる。 さっきの女性ドクターとは違う 青い手術着、汗で濃淡の度合いが甚だしく とても、凄まじい現場だったんだ、と想像させられた。 胸元の刺繍が、このドクターの名前だろうか。 オレはこの人に一生、感謝し続けるだろう。 R.YOSHIKAWA 願いを籠めたように見たドクターは 精悍で、とても清々しく、そして逞しい。 さっきから見ていたほぼ色のない世界 これじゃあ、いけない、と思えた瞬間だった。
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