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エレベーターの中は当然無言の重圧。
堺は何一つ恐縮した態度を取らない。
だけど
「坊っちゃん、私が開けます」
こういうところは変わらない。
ちゃんと扉を押さえて、オレが靴を脱ぎ完全に部屋の中へ入るまで自分は入っては来ない。
昔から変わらない。
どうしてか、と幼いながらに聞いた事があった。
「背中まで安全と無事を確かめるのが私の役目ですから」
そう言った堺に、じゃあ、前は?と尋ね返したオレ。
そうだ。
前はどうすんだ。
自分の家だとしても、もし誰かが潜んでいたら
どうするんだろうか。
「あはははは、坊っちゃん流石だ!」
高らかに笑った後
前は自分で守ってください、と言われた事を思い出した。
カチャリと施錠された小さな音が背中で響く。
広い玄関は助かる。
亘を抱いて入っても窮屈さを感じなくていい。
「早かったのね」
母さんが奥から迎えてくれる。
でもお目当ては
「亘ちゃん、おいでー」
手を伸ばしたのは亘を抱く為だ。
「ただいま」
「ただいま戻りました」
「……あら、一緒だったのね」
母さんが交互にオレ達を見て
亘を抱きながら寝室へと入っていった。
オレに続いてリビングへと滑り込んだ堺が
湯を沸かし、茶の用意をする。
我慢出来ない訳ではなかったが
カウンターから身を乗り出したオレ。
「で、誰がやったの」
「いきなりですね、坊っちゃん」
堺はオレのがっつきを押さえるように静かに囁き
茶葉の入った缶の蓋を閉めながらクッと笑った。
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