おわり

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脚立か。 オレはバカだよ。 「頭から離れないんだ」 弱気なフリをして小さな音を出した。 そんなフリなんて、いらないだろ? 「達さん」 「悠、思い出したくもないよな?」 形のイイ頭に掌を滑らせて ごめん、とさらに小さな音で微笑む。 「……わたしがあの身体で脚立なんて使ったからです 身体が揺らいだ時に思いました。 うそ、って」 艶のある髪は相変わらず天使の輪が光っていて どこまでも滑らかで、いつまでも触れていたい。 「走馬灯、っていうじゃないですか? あなたの事と、赤ちゃん事と まだ産まれてもいない間からその未来のことを バランスを崩して落ちて行く間に見て あぁ、幸せだったな、って思いました」 気持ち良さそうに目を閉じたキミ。 喉を鳴らしそうだ。 「それからは、 痛い記憶しかなくて 何かが流れていく 温かい何かが出ていってしまう 痛みと恐怖であのあとはもう覚えてません」 辛い記憶を、ゆっくりと話すキミは 閉じた瞼の下の目を、右へ左へと震わせていた。 「何時からだろう、達さんの呼ぶ声と 亘、という存在を聞いたのは まだ、重くて重くて、開こうとした目が開かなくて だけど、ずっと聞こえてました」 オレの掌を取り膝の上まで誘導して 白い両手で包み込む。 「震える声も 楽しそうな声も 願う声も……全部」 「悠」 「だから、亘の名前もあなたから教えてもらってた いい加減、起きたら?って 達さんがそう言ったから あ、そっか、って」 「悠」 「不思議なお話ですよね?」 瞼が持ち上がったと同時に、涙の粒が落ちてくる。 「私、めちゃめちゃ幸せです」 にこり、と無邪気に笑うと 「だから、もう脚立はおしまい」 今度は悪戯っぽくそれを変えて オレの下唇を引っ張った。 詳しい話を聞いたのは これが初めてか。 いや、亘の名前については、前も聞いた事があった。
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