第24章 氷姫御乱心事件

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「まあ、確かにちょっと、真澄の行動で気に入らない所はありましたが……」 「何が気に入らんと言うんだ」 「若いだけが取り柄の様な子に負けて、すごすご帰って来るなんて。そんなのは断じて私の娘とは認めません」  不機嫌そうな顔で玲子が断言すると、思わず浩一が口を挟んだ。 「母さん……。それ絶対、何かの誤解だから」 「そうだとしても、そんな与太話を頭から信じて、黙って引き下がってウジウジしているのが、一番情け無いと言っているんです。本当だとして、小娘を蹴散らして奪い取る位の気概が無くてどうしますか。それ位分からないの? 浩一」  玲子に軽く睨まれた浩一は、本気でうなだれた。 「……頼むから、あまり姉さんを刺激しないでくれ」 「皆で腫れ物に触れる様な扱いをしていないで、誰かがきちんと言わないと駄目でしょう」 「それは分かるが……」 「……強烈過ぎるぞ」 「絶対、話がずれてるし」  玲子に聞こえない様に男達が呻いていると、給仕の為姿を消していた加瀬田が食堂に駆け込んで来た。 「旦那様、奥様! 真澄様がっ!」 「あら、真澄がどうかしたの?」  のんびりと玲子が尋ねると、加瀬田が狼狽しながら雄一郎と玲子に交互に視線を向けつつ報告した。 「そ、それが……、真澄様が『こんな不愉快な所にいられないわ。当面戻らないから』と仰いながら、スーツケース持参で出勤なさいました!」 「はぁ?」 「……じゃあ、電車で出掛けたのか?」  真澄はプライベートでの送迎にはあまり良い顔をしないものの、出勤退勤の時に雄一郎を送迎している車に関して「こんな大きい車に一人しか乗らないなんて不経済だわ」と主張して同乗していた。その為、その車に乗らずに普段の自分と同じ様に電車で出勤したのかと浩一は思ったのだが、加瀬田は言いにくそうに雄一郎に告げる。 「それが……、真澄様が柴崎さんを脅して、旦那様を残してそのまま車で出勤なさいまして……」 「…………」  取り残された形になった雄一郎は思わず無言になったが、その横で玲子が小さく笑った。 「あらあら、三十過ぎで家出なんて。分別のある大人がする事じゃ無いわね。あなた、タクシーを手配しても良いでしょうが、偶には通勤電車に揺られるのも、新鮮かもしれませんわよ?」 「父さん……、今日は一緒に行こうか」 「そうだな……」
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