第1章 偽りのプロポーズ 

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清香が盛大に荒れた翌日の日曜日は晴天で、真澄は自室のバルコニーで壁に背中を預け、膝を抱えたままぼんやりと青い空を見上げていた。 (ちょっと寒いけど、良いお天気よね……)  色々な怒りを先週仕事で発散し、抜け殻になっていた真澄は、ふとある事を思い出した。 (そう言えば、以前誘拐されかかったのって、ちょうど今頃だったわ)  そんな事を考えて、思わず苦笑する。 (助けに来てくれた時、格好良かったのよね、清人君。柄にもなく王子様だ、とか思っちゃって……)  そして泣き笑いの表情になった真澄は、項垂れて独り言を零した。 「もうあれから何年経ってるのよ。本当に馬鹿よね、私」  真澄に腫れ物に触る様に接していた屋敷の者達は、その呟きを耳にする事はなかった。  その柏木邸に、昼過ぎに友之が姿を現した。彼が手土産を提げて応接間に入ると、柏木家親子三代に加え正彦が顔を揃え、気まずそうな空気を纏わせている為、思わず小さな溜め息を吐く。 「さっきの電話では、真澄さんが帰って来ていると聞きましたが、機嫌は直ったんですか?」  使用人の女性に、ケーキの箱を手渡しながらソファーに座っている浩一に問いかけると、溜め息混じりの返事が返ってきた。 「……ああ、今朝泊まっているホテルに押し掛けて、母さんは叔母さん達と前々から予定されていた温泉旅行に出掛けたと伝えたら、仏頂面ながら付いて来てくれた」  それを聞いた友之は、自分の母親の予定を思い出した。 「そう言えば、そんな事を言ってたな……」 「この状況で旅行に出掛ける玲子伯母さんは大物だよ」 「俺達の母親もな」  すかさず合いの手を入れた正彦に、友之は苦笑いで返してから、再度問い掛けた。 「それで? 真澄さんは?」 「部屋のベランダに座り込んで、魂が抜けたみたいにほけっとしてる。清人の事を口に出そうものなら途端に切れるから、行方不明になってる事も、説明できていないままなんだが……」  苦虫を噛み潰した様な顔付きで浩一が説明すると、ここで友之が断りを入れた。 「ちょっと話をしてきても良いですか?」 「ああ、それは構わないが……、大人しく聞いて貰えるかどうかは分からないぞ?」 「分かってます」
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