31人が本棚に入れています
本棚に追加
それから左手を引き抜き、数回振って指先から手首にかけての付着物を軽く飛ばした。
飛沫が横たわる彼の顔にも吸いつけられるように着地する。
とんだ間抜け面だなあと生前の彼には一度も感じたことのなかった愛おしさを噛みしめる。
僕は一度立ち上がり、首や肩を回して周辺の筋肉をほぐしながら、その愛玩(かお)の方へと移動して腰を下ろした。
彼の幼さの象徴である、あらわとなった大きな黒眼をジッと見つめる。
いくら僕が愛しい愛しいと熱い視線を投げかけてみても、彼からは何の応えも返ってくることはない。
そこで僕がやれやれ困った奴だとナイフを構え、沈黙する彼の目玉を刳り抜こうとした――ちょうどそのとき。
現実の彼が脱兎のごとく教室から逃げ出したのだ。
彼の死体が一瞬のうちに霧散して消え、眼前には残りわずかの休み時間を堪能するクラスメイトたちの姿があるのみ。
なんとも平和な日常がそこにはあった。
最初のコメントを投稿しよう!