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異変は既に始まっていた。
呆けた顔で立ち尽くし虚空を見つめるその男の瞳が徐々に濁っていく。それに呼応するように、身体からは黒い霧が燻った煙のように立ち上ぼり始める。
集団心理とは不思議な物で、異常に気が付いた周囲の人間も、直ぐには行動せずに他の人の様子を伺っていた。
しかし、それが紛れもない異常だと分かるや、ざわめきが男を中心に波紋となり、うねり、人々の不安をかき混ぜ渦巻いていく。
もしも一人でも叫び出す者がいれば、集団はそれを機に一切の理性を失い逃げ惑うことだろう。
そんな時だ。
司教は何もしなかった。
ただそれだけのことで、部屋に満ちていたざわめきは消え、一瞬の静寂が訪れた。
これまでずっと聞こえていた司教の祈りの言葉が途切れ、人々がそれに気が付く一瞬の間だった。
「お静かに」
司教の言葉が響き、皆の注目が集まる。
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