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司教は敢えて言葉は小さく。ゆっくりと歩き出した。その言葉を聞く為には静寂が必要で、模範となる動きは落ち着いていなければならない。男の前で立ち止まると、司教と男の周りに小さな空間ができる。
男の身体から溢れる霧は濃度を増していき、その外見も異形の物へと変わっていく。しかし、司教はやはり慌てることはなく、男に向けて十字架を掲げると祈りの言葉を唱え始めた。
「泉下(せんか)の苦喪(くちゅう)に正鵠(せいこく)を射る、塵は散りゆき灰は排せよ。沈め。鎮め。黒き者は形を成さず、正しき魂の理に伏せ」
それは燃えつきる炎のように、霧は束の間溢れだし、そして勢いを失っていった。チロチロと燻る最後の一筋も司教が聖水をかけると完全に消える。後には意識のない男が一人倒れているだけだった。
「これでもう大丈夫です。誰か、この人を医務室に運んでおやりなさい」
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