第1章

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人にとって一番見られたくないのは胸に秘めた初恋の思い出なのかもしれない。  恥ずかしいとも違う。過去の甘い甘い恋はいつの日も大切にとっておきたい思い出で だから。それを安易に人に覗かれるというのは、初恋の思い出を踏みにじられるような そんな気が私はしている。  小学生高学年の頃、下関の田舎で出会った青年に私は恋をしていた。いや。今も恋を している。彼と会うのは小さな頃から山の上にある神社だった。  彼は平成の時代に似つかわしくない程の古風な着物姿だったのを今でもたまに夢に見 る。  今年で20歳になったというのに、未だにその頃の青年に恋い焦がれていてる私は当然 、恋人が出来た試しがない。しかも、その青年とは中学生に上がる頃から出会えなくな ってしまった。  今思えば神社に住んでいる人か、それとも余りにも古風な服装からその神社の神様な のかもしれない。そんな風に思うこともある。  私が彼と別れることになった原因は私だった。神社の境内から見える帰り道、夕暮れ の田舎道。誰も通っていないような静かでゆっくりと時間が夕方から夜に変わろうとし ていた。  私はいつもよりも長くそこに居ついてしまった為に急いでしまっていた。  夜に帰れば両親だけではなく心配した祖父に怒られてしまう。 青年に別れを告げて神 社の階段を駆け下りていったところで私の意識は途絶えてしまった。両親の話では階段 から足を踏み外してしまったらしく。奇跡的に胸の辺りを少し切っただけで大事には至 らなかった。  その時の記憶はとぎれとぎれだったけれど、私が確かに覚えているのは彼が悲しそう に言った「ごめんね」という言葉だった。それが何を意味しているのか気にはなってい ても今では確かめようがない。それからは田舎に行くことはなく、次第に祖父母とも疎 遠になってしまった。 「あんた、いい歳なんだからそろそろ恋人とかそういうのつくったらどうなの」  そう母は二人きりの夕食になると定期的に言う。 「好きな人がいないんだから仕方ないでしょ」と、私はそっけなく言う。  母は毎度のことだけれど呆れた様子で私との会話を切り上げてバラエティ番組に集中 し始める。食事を終えると私はそそくさと逃げるように部屋へと移動した。いたたまれ ない。と言うよりも私の恋愛に口を出されるのは癪だからという気持ちの方が大きい。
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