第1章

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私だってあの青年のことが頭から離れられないのだから。そんなことを思いながらひたすら友人の惚気発言を見ていると、ふと寂しさから彼に会いたくなった。  会いたいと望んでも会えるわけでもないのに。いや、それは嘘だ。レポートを書く気にもなれない私はベットの上で横になった。梅雨独特の少し湿った布団が妙に肌に障って気持ちが悪い。 「そもそも、会いに行かないのは私の方じゃない」  私は目を瞑った。アルバイトで貯めたお金は使われることが殆どなく通帳に貯め続けられている。来月からは夏休みなのだから、時間もある。それなのに、なんで私は行く気になれないのだろう。  もしかしたら怖いのかもしれない。会えないならまだ良い。忘れ去られていたとしたら、私とのことが心の傷になっていたりしたら。それだけで、田舎へと行く気力は減っていってしまう。  それでも、会いたい。これは我が儘だ。もしかしたら八年という月日が彼と私の間に途方もない距離を置いてしまったかもしれない。それでも、このまま一生を終えてしまって良いとも思えない。そう考えていた時、急に部屋をノックされた。 「みすず、起きてる?」 「なに?」「開けるわよ」と母は私の返答を待つことなく扉を開けた。いつもなら鬱陶しいと言わんばかりに顔を曇らせるのだけれど、その時の母の表情は、心の色は限りなく曇っていた。  ――何かあったのだろうか。「どうしたの。なんか顔色悪いよ、お母さん」 「さっきね、電話があったのよ」 「誰から?」 「おじいちゃんから。覚えてる? 小さい頃に何度か遊びに行ったの。それでね、ついさっきお母さん……みすずにとってはお婆さんね。お婆さんが息を引き取ったのよ」  そう母は一気に言うと少し涙目になりながら、「具合がずっと悪かったみたいなんだけれど。心配かけたくないって連絡してくれなかったのよね」と言った。  私はなんとも言えない気持ちになる。田舎での思い出は祖父母よりも彼と遊んでいた記憶の方が多くて、どこか他人事のような気持ちだった。 「それなら。お葬式、行かないとね」 私がポツリと言う。 「そうね」 と母は悲しげに言った。
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