第1章

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 記憶というのはあまりアテにならないものだなぁ。母がタクシーを見送ると、チャイムも鳴らさないでそのまま玄関の扉を開けた。 「ちょっと、お母さん。チャイムくらい鳴らしたら?」 「なんで自分の家なのにチャイム鳴らすのよ。おかしな子ね」  そう言って笑いながらスタスタと古い一軒家の土間の中へと入っていく。私も母に釣られて入っていくと土間の先にある襖から祖父が顔を覗かせた。 「えらい遠くから来たね。疲れたろ、はよ上がりなさい。みんなもういるから」  年老いた祖父は杖を付きながら私たちを迎え入れてくれた。招かれるまま部屋へと入っていくとそこには数組みの家族が大きな畳部屋に集まっていた。机には様々な料理とビールが所狭しと並んでいた。  私たちはそれぞれ家族に挨拶をすると、奥の方の部屋で喪服へと着替えた。それからは、どこにでもある葬儀なのだろう。お坊さんが来て、お経を上げて市の火葬場に祖母は連れて行かれ、そして白い骨になった。  悲しみよりも虚無感が私の中にはあった。夕方の日差しを浴びながら骨壷に入ったお婆ちゃんを抱えた母が、涙をこらえているのがとても印象的で、家に到着したあともしばらく母は仏壇の前に置かれた骨壷を眺めていた。  祖父たちはまるで悲しさを隠すように紛らわせるようにお酒を飲んで昔話に明け暮れる。ああ、そうだ、この時間がとても退屈で、私はよく抜け出して神社で遊んでいたんだ。少ししんみりした気持ちのまま私はこっそりと家から抜け出すと既に夕日が傾きかけたなかで神社へと向かった。  神社への階段は急で、よく私はここから落ちて助かったものだな。と上りながら思う。カラスの鳴き声は遠く、どこか幻想的な雰囲気のする空間はとても心地が良かった。 階段を上り終えて鳥居をくぐると風がまるで私を神社に呼んでいるかのように背中を押す。突然の突風によろけながらも鳥居を潜るとあの日と変わらない懐かしい神社が底にはあった。  ――ただ、あの人の姿はそこにはいない。うん、解ってた。  私はそのまま境内の中程にある本堂で腰を据えると閉じられた本堂を背に暮れる夕日を眺めた。  そう言えばここには社務所がないんだ。神主の息子さんであればまだ、関わりようがある。  でも、村の人ならもうこの土地に住んでいる可能性も少ない。ため息を吐きながら日が完全に落ちてしまう前に家に戻ろうと立ち上がったその時だった。
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