第1章

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「もし」 「え?」と振り返ると本堂の閉まっている先からまた「もし。君はいつかの子か?」と声が聞こえた。  その声を聞いた瞬間、私は嬉しさが心のそこから湧き上がってくるのを感じた。彼だ。あの青年が扉の向こうにいる。  でも。なんで扉の向こうにいるのだろう。私は本堂の扉に手を掛けようとした瞬間、彼は慌てたように言った。 「病でここにいるのです。伝染ってしまう。どうか扉は閉めておいて欲しい」 「病って病気ですか!? 大丈夫なんですか?」 「大丈夫。それにしてもいつぶりだろうね」  彼の声は少しばかり苦しそうにそう言う。こちらからは見えないけれど、きっと彼からは私が見えているのだろうか。八年ぶりの再会がこんなにも簡単に叶うなんて。私は嬉しくて涙が出てきそうになるのをぐっとこらえた。 「貴男は少し老けたのでしょうか……なんて言ってみたりします。あはは」 と笑いながら冗談めいて言う。 「何を言ってるんだい。老けるほど歳はとってないよ」 彼も笑いながら答える。  いつまでも話していたい。そう思いながらも時間は残酷にも暗く夜の帳を下ろそうとしていた。 「今日はもう行きなさい。夜は真っ暗だから」  そう彼に言われて、私は本堂の扉にある隙間から昨夜書いた手紙を差し込んだ。 「これは。随分可愛らしいですね」 「はい。お気に入りの便箋です。あの、返事はいいので――」 「いや、折角の頂戴した文なのだから返事はするよ」 「ありがとう、ございます」  私はそれだけを言うと本堂の中で見ているだろう彼にお辞儀をして立ち去った。明日また会えると思うと胸が高鳴る。祖母の葬式だというのに、本当に不謹慎だな。なんて自分を少し諌めながら階段を転ばないように降りていく。  家に到着すると祖父たちはへべれけになりながらも話を盛り上げていた。その時、その中でも一番若い四十代の叔父さんが私を見つけると「またあの神社に行ったん?」と笑いながら話しかけた。「はい。あそこはどうしてか好きなんです」  私がそう答えると叔父さんはデリカシーなくあの神社は昔の流行病にかかった人を捨てた場所なんだと話し始めた。それも楽しそうに言うものだからとても癪に障る。  私の怒りが通じたのか、実際に表情がひどく歪んでいたせいか解らないけれど、叔父さんは気まずそうに話すのをやめて「怪我はせんようにね」と偉そうに言った。
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