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「何してるんだろう。」
俊一は声を潜めて話した。
「全く~俊ちゃんはニブちんだなぁ。」
横井は囁き声で返した。
「え。横井わかるの?」
橘は手元に持ったメモの端切れに目を通すと、重い溜息をついていた。
そして、屋上のフェンスまで歩いて行くと、遠くに目をやった。
その横顔は凛としていて、
普段見せるふざけた表情のそれでは無く大人びて見えて、
俊一の胸をドキンと鳴らした。
しかし、表情は物憂げだ。
この景色見たら、
普段のあいつならテンション上がるところなのに。
ナニースゴーイ!とか言って。
なんなんだろう。
何が橘をそんなに落ち込ませてるんだろう。
「ほんとにわかってねぇの?
こんな人の気配のないところに、
メモもって来るなんて、
告白に決まってんだろ。」
「え!」
「今からお前の奥さんは、告られんだよ。」
「だから奥さんとかじゃ…」
ガチャ
もう一度扉の開く音がして、
ふたりはまた身を隠した。
見たことの無い顔だ。
校章の色から上級生だとわかる。
「呼び出して、ごめん。」
橘が振り向いた。
温度の無い瞳。
その端正な顔立ちに、
今来た上級生も息を飲んでるようだ。
俊一の見たことの無い顔。
自分には向けられてない視線にも関わらず、
体が痺れた。
「…いえ。」
他所行きの彼女の声は知らない女の人の声だった。
「来てくれてないと思ってたから、
素直に嬉しいよ。」
今来た上級生は少し戸惑い浮き足立っている様子だった。
「…。」
橘は何を言う訳でも無く何かを待っていた。
上級生は橘の表情に待たせてしまっていることに気付き、照れながら慌てて言葉を紡ぎ出した。彼女に伝えたかった特別な思いを。
「橘さんにとっては
突然のことで驚くだろうけど、
俺橘さんのこと、一目惚れっていうか。
気づいたら好きになっちゃってて…」
橘は少し待ち
「…ありがとうございます。」
と静かに答えた。
上級生は力なく笑った。
「何人もの人が
フラれてるっていうのは知ってる。
だから俺も期待はしてないけど、
この気持ち。
伝えておきたくて。」
橘はどうしたら良いものか困っているようだった。
「付き合ってください。」
俊一の人生とは縁の無い言葉が目の前の空間に解き放たれた。
「あ、思い出した。
あの人サッカー部の部長だ。
超上手いって有名で、サッカーのユースチームにも入ってるって」
横井がいらない情報を付け足した。
「すいません。…ごめんなさい。」
橘の答えは、あっけないものだった。
俊一は先輩と同じ気持ちを体験し、
がっかりした。そしてホッとした。
…ホッとした?
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