1日目 月曜日

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「……おはようございま~す」  旬のスイカが旨そうだ。葛西商店の店先には、新鮮な野菜たちが所狭しと並んでいる。午前九時、商品の間の狭い通路を恐々入りながら、控えめな声であいさつをした。  案の定というか、なんの返事もない。こういう小さな店は住居と店が一緒になっているため、奥に入られると客の存在にも気づいてもらえない。客もわかっているから店先から大声で店主を呼ぶのが常だ。俺は客じゃないけど……。 「おっはようございま~す!」 「あらあら、はいはい~ちょっと待ってね~」  やけくそで大声を張り上げると、奥からやっと返事が返ってきた。うぅ、緊張する。 「あの、佐倉です。母からいわれて来ました」 「あら、夏子さんの? 悪いわねぇ。うちのおばあちゃんややこしくて」 「いえ、でも、お……わたしも本職じゃないので、ツルさんに納得してもらえるかどうか……」  あぶないあぶない、仕事中の一人称は「わたし」だ。慣れない言葉遣いで舌を噛みそうになる。 「夏子さんの具合はどうなの? 長くかかりそうかしら?」 「病院からは一週間は安静にと言われているようです」  夏子は俺の母だ。この葛西商店の先代、おばあちゃんのツルさんをホームヘルパーとして担当している。それが昨日のこと、自宅の階段をあがろうとした際にぎっくり腰になってしまった。  ツルさんは母の料理が大の気に入りで、他のヘルパーさんがくるととても嫌がるらしい。ごねてごねて、仕方なく「母の味に近い」料理が作れる、俺が代理で来ることになった。 「夏子さんの娘さんが来てくれるって聞いて、おばあちゃんも喜んでるのよ。それにしてもスタイルがいいわねぇ」  そういって葛西商店の店主、幸子さんが俺を見上げた。娘さん……そうなのだ。俺は今、女の子の振りをしている。  なぜかというと、ツルさんは「男に世話されるのが大嫌い」なのだという。そんなわけで、俺は黒髪サラサラストレートロングのカツラをかぶり、女物の服など着せられてここにいる。完全に女と納得され、疑われもしないのは男としてかなり複雑なものだ。
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