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経緯は昨日にさかのぼる――。
「ぎっくり腰―!?」
俺と美晴(みはる)の声が見事にはもった。あ、美晴は俺の双子の妹だ。二卵性だけど体格が似通ってるせいか周りからは「そっくり」だと言われる。美晴は女にしては背が高く、黒髪ストレートにくっきりとした二重の目で、身内の欲目を差し引いても結構美人だ。俺はというと、逆に男にしてはやや背が低く、美晴とジーンズの貸し借りができるような貧弱な体格ということになる。
この日は日曜日で、美晴と二人で食料の買い出しに出ていた。うちは母子家庭で家事は分担制になっている。母の夏子が洗濯担当、妹の美晴が掃除担当、そして俺が炊事担当だ。
美晴の運転する軽自動車でスーパーをはしごし、家に戻ると階段下で母が動けずに冷や汗を流していた。そのまま二人で母を抱えて病院に行くと、幸子さんにも言ったように「一週間の安静」だったというわけなんだ。
「千章(ちあき)悪いんだけど、あんた明日から一週間、ツルさんちにご飯作りに行ってくれない?」
「はぁ? 俺素人だし、そもそもツルさんって男に世話されるのが大嫌いって人だろ? 無理じゃん」
「だから、長いカツラしてさ、美晴の服借りれば、あんたならなんとか誤魔化せるでしょ? ツルさん大分目も悪いし。ツルさん、私の料理気に入ってくれて他の人が行くと嫌がるのよ。あんた大学のときにヘルパーの資格も確かとってたでしょ」
資格を持ってるといっても、とりあえずでとった三級だけだ。普通、実の母が息子を女装させようとするか? しかもばれない前提で。
「っつうか、それなら美晴が行けばいいだろ?」
「美晴は仕事があるし、そもそも美晴の料理の腕じゃとても無理でしょうよ。あれは生きるか死ぬかでないと食べられないじゃない」
「お母さん、何気に酷いわよね……」
「だったら多少は練習でもしなさいよ。このままじゃ嫁にも行けないわよ」
美晴の料理の腕はまちがいなく最悪だ。日本人が最初に作る料理といっても過言ではない、しかも誰が作っても失敗しないはずのカレーですら、不思議な物体に変貌させる。
「千章みたいな料理のできるオトコ捕まえるしぃ。で、あたしが養ったげる」
「俺は好きでぷーやってるわけじゃねぇよ」
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