1635人が本棚に入れています
本棚に追加
/150ページ
とりあえず母に聞いたとおり、掃除道具を出して部屋の掃除から始めることにした。大学の四年間を一人暮らししたため、家事は一通りこなすことができる。炊事にいたっては大黒柱の母に代わって、小学生から台所のすべてを任されたためちょっとした自信すらある。母も最初は娘の美晴に仕込もうとしたのだが、まったくの料理音痴で匙を投げ、息子にお鉢がまわったというわけだ。
まぁ、料理は好きだし別に苦にもならない。
一通りの掃除が終わって、台所に入った。まだ昼食の準備にかかるには少し早い。少し悩んでから、熱い煎茶をいれてツルさんのところに持っていった。
「お茶、どうですか?」
「おや、ありがとうねぇ。ほれ、あんたも座りなぁよ」
ツルさんに手招きされて、座卓の向かいに座った。ツルさんが座卓に乗っている煎餅の鉢を押してくる。
「あ、お……わたしは仕事中なので」
「そんなん、いいねぇ」
これも話し相手のうちなんだろう。煎餅の袋をひとつ開いて口にする。ツルさんが満足そうに見ていた。どうしてお年寄りというのはこうも人に食べ物を勧めるのが好きなんだろうか。
「あんた、いくつね?」
「あ、二十二歳です」
「そろそろ、お嫁にいくころね?」
「そんな、まだ早いです」
ツルさんの感覚ではこの年齢は結婚適齢期なのだろうが、さすがにいまどきは早すぎると言われるだろう。いや、そもそも俺は嫁にはいけないけど。
「早いこたないね。うちの孫なんざ、もう二十八になろうか言うのに、いまだ嫁の一人も連れてこやせん。あんた、うちに嫁にこんかね?」
勘弁してほしい……もうちょっと一般的な話題はないものだろうか。いやでもお年寄りの話はたいがいが身内の話だ。多分、社交辞令というか時節のあいさつのようなものなんだろう。ここは笑って流しておくことにした。
「ツルさん、わたし、そろそろお昼の準備をしてきます」
そういって半ば逃げるように台所に戻った。さて、今日のメニューはどうしようか。
母からは冷蔵庫などにあるものを適当に使って作ればいいと聞いている。ツルさんは健啖家で、好き嫌いもほとんどないそうだ。ただ歯がないし飲み込む力が少し弱いため、細かく柔らかくが基本だと言う。
最初のコメントを投稿しよう!