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本来の契約では昼食はツルさんの分だけだが、ついでだからと家族の分も一緒につくってあげていると言っていた。
台所の配置を一通り確認して、冷蔵庫と食料庫を確認する。八百屋だけあって野菜の種類が豊富だ。
なんだか楽しくなってきた。
「おかえりー」
表で幸子さんの声が聞こえた。多分、配達に出ている息子さんが帰ってきたのだろう。ツルさんが言うところの二十八歳なのに嫁(彼女)も連れてこないという。
ドカドカと足音が響いて、ツルさんの孫はいきなり現れた。呆気にとられる俺の前で冷蔵庫から麦茶を注いで一気に飲み干すと、やっと見知らぬ人間に気づいて不審な目を向けてきた。
結構コワい……まずでかい。俺は男の中ではチビで一六八センチしかないが、その俺よりも十五センチ以上は間違いなく高い。やや短めの髪と一重の切れ長な目元が睨んでいるかのような、変な威圧感がある。
「あの、今日から母に代わってツルさんのお世話にきてます……」
とりあえず、あいさつはしないとダメだろうと頭を下げた。語尾が怖々になるのは許してほしいところだ。
「ああ……」
それだけ? いや、もうちょっと自己紹介とかないのかよ。
「律(りつ)、なんねぇ? 若い娘さんにそんな愛想なしでいかんがね。娘さんが怯えとるよ」
ツルさんが台所に入りながら孫、律を叱っている。あ、ちょうど昼なんだ。そういえばツルさんはお昼になると、何も言わなくても食べに来るのだと聞いていた。
「ばあちゃん、俺はこの顔が素だ」
そういいながら二人は席につく。表から幸子さんがやってくる足音も聞こえた。
俺は慌てて盛り付けていた料理をテーブルに出していく。今日の昼食は、冬瓜と豚バラの中華風煮物、茄子の揚げ浸し、胡瓜とワカメの酢の物だ。同じメニューでもツルさんの分は、やや薄味で柔らかく煮込んである。
俺はツルさんの隣に座って、料理を取り皿に冷ましたり、小さく切り分けたりして食事を手伝う。
「あら、この冬瓜、おいしいわねぇ。こんな味付けで食べたのは初めてだわ」
幸子さんが驚いたように言った。冬瓜に少し塩をして圧力鍋にかけて、ザルでいったん水気を切ってから豚肉と一緒に煮込んでいる。味付けは塩だけで、最後に片栗粉でとろみをつけてあるんだ。豚バラは出汁がよく出るから充分においしい。
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