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「あの、わたしそろそろ……」
帰ります……と続けると、律は――。
「それ、持ってけって」
野菜の入ったナイロン袋を指差した。売れ残りの野菜だ。母もよくもらってきている。売れ残りといっても家庭で食べる分には充分で、しかも葛西商店の野菜はおいしいのだ。
「ありがとうございます」
ありがたくいただいて帰ることにする。
あ、青虫……。俺の視線に気づいて律が青虫を取ってくれようと手を伸ばした。
「あ、そのままでいいです」
「は?」
「家で羽化させるんで、これ多分モンシロチョウになるから」
俺は虫が好きなんだ。それも変わった虫じゃなくてどこにでもいるようなのが。葛西商店の野菜には時折青虫などが住んでいて、俺はいつもプラスチックケースに入れて羽化を楽しんでいる。
「……珍しいな」
はっ、しまった! 女で虫好きっておかしいだろ。でも今さらどうしようもないし。とりあえず笑ってごまかしつつ、頭を下げて背を向けた。
やっと初日が終わった――これは、疲れる。
自宅に戻ると一息つく間もなく、寝込んでいる母の代わりに洗濯物を片付け、夕食の準備に取りかかる。母が食事当番だけは嫌だといっていた意味がよく分かった。いくら料理が好きでも二軒分の料理を毎日作るのは正直ツライ。
俺は母の回復を心から祈った。
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