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南天、山茶花、水仙、葉牡丹。
冬であればそれなりに彩りがあり、なかなか趣がある庭ではあったが、梅雨の時期である今はそこは緑一色で覆われ、瑞々しい印象を与えるだけだった。
やる事を終えて、ふと窓越しに見慣れたその庭を眺めた恭子は、自分の呼び名の元になった一本の大木に目を向ける。
(このまま……、ここで朽ちて逝くだけだと思っていたのにね……)
そして自分が庭を凝視していた事に気付いた恭子は、自虐的な笑みを浮かべた。
(らしくないわね。この庭が華やかな時期だからって、哀愁を覚える筈も無いのに)
そんな事を考えていると、襖の向こうから涼やかな声がかけられた。
「椿、入っても良いかしら?」
「はい奥様、どうぞお入りください」
恭子が了承の返事をすると静かに襖が引き開けられ、藍色の着物姿の老年の女性が、静かに部屋に入って来た。そして恭子の前に座って、怪訝な顔をする。
「椿? もうお迎えが来たのだけど、まだ荷造りが終わっていないの?」
「いえ、終わりました」
「あら、でも他の物は?」
恭子が目の前にあるボストンバッグを軽く叩きながら告げた為、老婦人は室内を見回しながら不思議そうに確認を入れた。しかしそれに、恭子が冷静に応じる。
「こちらに来た時に持参した物と、必要最低限の物は詰めましたから。今度の方がどんな趣味嗜好の持ち主の方か、全然お話が有りませんでしたから、何を持って行けば良いのか考えるのが面倒でしたので。奥様のお手を煩わせるのは心苦しいのですが、残った物の処分をお願いします」
恭子が真顔で理由を説明して頭を下げると、相手は少し考え込んでから、小さく溜め息を吐いて頷いた。
「そう……。そうね。その方が良いかもしれないわね。私が処分しましょう」
「宜しくお願いします」
「それではお待たせしているし、行きましょうか」
「はい」
促されて立ち上がった恭子は、部屋を出る時僅かに背後を振り返り、窓の向こうに見える椿の木に心の中で別れを告げてから、廊下を歩き出した。
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