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渡り廊下を母屋に向かって歩いて行くと、ガラス窓越しに見える別棟の廊下に佇む、年齢も雰囲気も異なる二人の女性が視線を送っているのに気付き、恭子は立ち止まって彼女達に向かって軽く頭を下げた。すると二人は苦笑を浮かべながら小さく手を振り返し、それを認めてから再び歩き出す。その間、前を歩く女性は心得た様に足を止めており、恭子は特に詫びを入れなかった。
そして二人でリビングに到達すると、女主人がノックの後に挨拶を無視して扉を押し開け、恭子を引き連れて中へと入った。
「お待たせしました。佐竹さん、でしたわね? この子の荷物はこれだけですから、特に配送の手続きは必要有りませんから」
そう話しかけられた「佐竹」と呼ばれた若い男は、恭子が手にしているボストンバッグを見て、不思議そうに眉根を寄せた。
「……それだけですか?」
「ええ。そうよね? 椿」
「はい。佐竹様がどういう趣味嗜好の方か分かりませんし、余計な物は必要無いかと」
恭子としては真っ当な主張をしたつもりだったのだが、相手は益々面白く無さそうな表情になり、それとは対照的にこれまでの恭子の主人だった加積は、恭子の手元を指差しつつ小さく笑った。
「まあ、これでも少しは増えたと思うぞ? ここに来た時はそのバッグはまだ余裕があったが、今回は限界まで詰め込んでいる様だからな」
「そうですか。それでは失礼させて頂きます。……行くぞ」
「はい。それでは旦那様、奥様、お世話になりました」
唐突に指示された内容にも、恭子は動じずにこの屋敷の主夫婦に向かって綺麗に一礼する。それに対して相手もあっさりと別れの挨拶を口にした。
「息災でな」
「可愛がって貰いなさい」
微笑している二人に背を向け、恭子は新しく主となった人物の後に付いて歩き出したが、何か決定的に気に障る事でもしたかの如く、相手は無表情で無言のままだった。その状況に、恭子は流石に困惑する。
(何が気に入らないのかしら? 店で一回、顔を合わせただけだけど、あの時はもう少し愛想は良かったわよね?)
色々考えを巡らせながら廊下を歩いて玄関に到達し、車寄せに回された車の助手席に何気なく乗り込んだ恭子は、そこではっきりと男が舌打ちした音を聞いて、驚いて運転席を見やった。するとシートベルトを固定したこれからの主人の、苦々しげな視線とかち合い、一瞬怯む。
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